休日。一人暮らしのアパートの自室で暇を持て余していると、
玄関のチャイムが鳴った。来客の予定はないが、誰が来たのだろう。
ドアを開けると、そこには一人の男が立っていた。

「はじめまして。わたくしは悪魔でございます」

悪魔だって? 何を言っているんだ、こいつは。
新手の詐欺商売か、怪しげな宗教の勧誘か。
それとも単に頭がおかしい奴なのか。
いずれにしても関わるとロクなことになりそうもない。
追い返してしまおう。

「待ってください。あなたの願いを叶えて差し上げましょう」

やっぱり、こいつは狂っているらしい。
だいたい悪魔なんて実在するはずが無いじゃないか。
仮に実在したとして、俺に何の用があるというのだ。
アレか。願いを叶える代わりに魂を寄越せというやつか。馬鹿らしい。
もしも本当に俺の願いを叶えるというのなら、
今すぐ俺に大金を差し出してみろ。

「かしこまりました。これでいかがでしょうか」

どこから取り出したのだろう。男は大きなバッグを差し出した。
受け取ってみるとズッシリと重い。
開けてみると、たくさんの札束が入っていた。
いったい、いくらあるのだろう。こんな大金を見るのは初めてだ。

「これで信じていただけましたでしょうか」

信じがたいことだが、こいつは本物の悪魔なのだろうか。
それにしたって、何の目的で俺のところにきたんだ。
やっぱり、願いを叶える代わりに俺の魂を寄越せというのか。
冗談じゃないぞ。いくら願いを叶えてもらえても、魂を差し出すのはごめんだ。

「いえいえ。魂は要りません。何の代償も必要ありません。
 ただ、慈善活動をしているのでございます」

悪魔が慈善活動をするなんて聞いたこともない。
だが、代償なしに何でも願いを叶えてくれるというのなら、
こんなに美味しい話は他にないだろう。
どんな願いを叶えてもらおうか。ここは慎重に考えなければ。

「勘違いされておられるようですが、願い事の数に限りはございません。
 いくらでも、思い浮かぶ限りの願いを叶えて差し上げます。
 ただし、あまりに抽象的な願いは叶えることができません」

本当か。それなら、そうだな。
まず、こんなアパートじゃなくて、もっと良いところに住みたい。
海辺にある広くて立派な豪邸に住んでみたい。
どうだ、この願いは叶えられるか。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

悪魔がそう言うと、俺の目の前の光景が暗転した。
そして気がつくと俺は豪勢な内装の部屋に居た。
窓の外には海が見える。凄い。本当に願いが叶ったのだ。
じゃ、じゃあ、次は美味しい料理が食べたい。
フレンチに、中華に、世界中の美味を味わってみたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

悪魔に豪邸の中を案内され、食堂に辿り着いた。
今まで見たことのないような豪勢な料理が並んでいた。
食べてみると美味しかった。思わず涙がこぼれそうなるほどだ。
素晴らしい料理の数々を堪能した俺は次の願いを告げた。
女だ。俺の好みに合う美女とベッドを共にしたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

豪邸の中を案内されて寝室に向かうと、
どんな女優よりも美しい女がベッドに座っていた。
「では、お楽しみください」といって悪魔は席を外した。
俺は女を抱いた。快感が駆け抜けた。

その後も、悪魔は俺の願い事を叶え続けた。
海外旅行に出かけたい。世界を一周してみたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

もっとカッコいい姿になりたい。美男子になりたい。
人々から注目されてみたい。女たちを魅了したい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

映画俳優になってみたい。スポーツ選手になってみたい。
音楽家になってみたい。科学者になってみたい。政治家になってみたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

スリルを味わってみたい。悪いことをしてみたい。
警察から追われてみたい。でも、助かりたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

超能力を使ってみたい。念力で物を動かしてみたい。
空を自由に飛びまわりたい。他人の心の中を覗いてみたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

過去へ行ってみたい。未来へ行ってみたい。
宇宙の果てまで行ってみたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

俺は次々と願いを告げ、悪魔は願いを叶え続けた。
そうこうするうちに、俺は飽きてきた。
退屈だ。もっと刺激をくれ。何かないか。何でもいい。

「そのように抽象的な願いは叶えることが出来ません。
 何をしたいのか、もっと具体的におっしゃってください」

そう言われても、もう願い事なんて思いつかない。
思い浮かぶ限りの願いは既に叶えてもらったのだ。
そして俺は満たされた。もう充分なんだ。
もはや、どんなことをしても楽しめないだろう。
残ったのは「退屈」でしかなかった。

あのアパートで一人暮らしをしていた頃が懐かしい。
あの頃には夢があった。希望があった。
叶えたい願いや望みがあって、その実現の為に頑張って、
ささやかながらも充実した生活を送っていたと思う。
ああ。あの頃に戻りたい。

「かしこまりました。では、その願いを叶えて差し上げましょう」

休日。一人暮らしのアパートの自室で暇を持て余していると、
玄関のチャイムが鳴った。来客の予定はないが、誰が来たのだろう。
ドアを開けると、そこには一人の男が立っていた。

「はじめまして。わたくしは悪魔でございます」



↓ 応援してください。

人気ブログ 2008/04/30 ショートショート TB(0) CO(9)

ショートショート/ショートショート/ショートショート/ショートショート

最後は「死にたい」と言ってしまうかもしれませんなぁ

[2008/04/30 19:10] ケソまる [ 編集 ]

感想

ペンギンさんらしい作品でした。
堪能させてもらいました。

以上。

[2008/04/30 20:08] starcompassat2005(小説サイト) 星定規 [ 編集 ]

時間の流れとドラマ性、また傑作が誕生しましたね!!

[2008/04/30 20:35] 神戸の保険マン [ 編集 ]

何か求めてるものがあるときの方が、ぶっちゃけ幸せってことですかね

ってことは、わたしいま幸せなのかな・・・?
お金欲しい

[2008/04/30 20:46] ななこ [ 編集 ]

羨ましい

でも・・やはり望みが叶うのは羨ましいです。
お願い事はつきないかも・・。
とりあえず・・どうしても欲しいものがあります。
傑作ですね・・。

[2008/04/30 21:45] ASH [ 編集 ]

こんな悪魔なら我が家にも来てもらいたいですね♪

[2008/04/30 23:05] りぃな [ 編集 ]

あれ??
過去の小説、消されたんですか?

登校中、電車内での楽しみとして
読ませていただいていたのですが・・・
残念です(´・_・)

[2008/05/01 07:41] なつこ [ 編集 ]

最後の願いで死を選ぶよりも、無限ループのほうが面白いです。

[2008/05/13 05:07] いちハン [ 編集 ]

感想

見たことがあるようなテーマで、見たことがあるようなオチ。

しかし、
「他人の心の中を覗いてみたい。過去へ行ってみたい。未来へ行ってみたい。宇宙の果てまで行ってみたい。」
ここまで叶えてくれるのに少々驚いたし、願い事達に勢いを感じたので、ショートショートとして良かった。

悪魔の目的まで、設定を求めるのは酷か?
それとも、主人公を翻弄するのが悪魔の目的なのか?
そう考える余地があるのも又一興?

[2008/11/07 20:31] MISS [ 編集 ]

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する